日本茶専門店 神山園 歴史ギャラリー

神山園は、栃木県鹿沼市にて、日本茶専門店として、100年という長きに渡り、地元の皆様に愛され続けて参りました。そんな神山園の歴史の一部を写真ギャラリーにてご紹介させて頂きます。


創業当初の神山園の店舗外観です。前の通りが、まだアスファルト舗装されておらず、歴史を感じさせられます。また、看板の“神山園”の下に、昔の電話番号『局番無しの1134』が見えます。ありがちなエピソードですが、「なんだか箱がしゃべってるよ!!」というやりとりがあったことを思い出します。右の写真は、注連飾りと松…これは門松に当たると思いますので、撮影の時期はお正月のようです。

こちらは、店舗の内観の様子。手前のケースには、白砂糖、わじろ(三温糖)、ザラメ、黒砂糖などの砂糖類が入っていて、量り売りをしていました。真っ白に精製された白砂糖は 当時は高価なものでした。奥には 茶箱と茶缶の棚が見えます。

こちらは、焙炉(ほいろ)で 茶を揉んでいる写真です。昔は、市街地から少し離れた久我・茂呂に茶畑がありました。5月になると、契約している“摘み子”さんが、その日に摘んだ茶葉をカゴに入れて運んでくるので、目方を量り、その都度買い取りました。
ぎゅうぎゅうにカゴに詰め込まれた茶葉は、熱を帯びているため、一晩筵の上に広げて冷まします。次の朝、5時頃から茶葉を蒸し、6時頃から午後3時頃まで、焙炉の上で熱を加えながら揉んだり、乾燥させたりの作業が続きます。
完成した茶は、撚れてピンと立ってとてもきれいでした。5月は1番茶。6月末は2番茶作りになりますが、この写真は、子供たちが暖かそうな服を着ているので、1番茶作りのようです。茶畑のあった茂呂は、今では住宅や大型店が建ち並びすっかり変ってしまいました。
久我は、今でものどかな昔ながらの風景が残っています。こんなに山奥に進んでいっていいのだろうか…と心配になるほど山奥にお蕎麦屋さんがあり、時々食べに行きます。
長火鉢

この火鉢は創業当初から使っているものです。鉄瓶で沸かしたお湯はまろやかでお茶の味も一味違います。火鉢の周りはほっこり暖かく、お客様たちの憩いの場でもありました。冬はお餅を焼いたり…昔はカルメ焼きを作ったりもしました(重曹を入れるタイミングがなかなか難しいんです)
東日本大震災以前は、寒い冬も、暑い夏も、一日も欠かさず、早朝から練炭を熾し、鉄瓶をかけ湯を沸かしていました。最近は、地震の不安に加え夏の酷暑もあり、火を熾すことがなくなりました。
ミニ盆栽

常連のお客様が趣味で作ったミニ盆栽。いつの季節も神山園を飾ってくれていました。初代が亡くなると、別の方が…と50年近く続いておりましたが、2代目の方も亡くなり途絶えてしまいました。
趣味で…と言っても初代の本職は建具職人、2代目は石職人なのでとても細やかな素晴らしいものでした。盆栽が無いのも寂しいですが、お客様の笑顔にお会いできなくなることはもっと寂しい事です。